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いま生きる「資本論」  8

佐藤優氏による資本論講義。

実際のセミナーを文章化したような内容。
雑談も興味深いものが並びます。

資本論を論理の書としてどう捉えるか。
現代の社会にどう役立てるのか。

その構造を学べるので、役立つ一冊。

いま生きる「資本論」
いま生きる「資本論」佐藤 優

新潮社 2014-07-31
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重要なのは、『資本論』をソ連や東ドイツなどの歴史的に存在した社会主義国、現実に存在する中国、北朝鮮、キューバ、ベトナムといった社会主義国の現実と完全に切り離して、「論理の書」として読むことだ。

マルクスが自分の筆で書いたのは、『資本論』の第一巻だけなんですよ。二巻目以降は、マルクスの盟友のエンゲルスがマルクスの草稿を基に書いた

やがて再びユーロ危機が起きた時、今ユーロに集まっているお金は、円かドルかどちらかに逃げますよね。まあ、円に逃げてくるでしょう。
となった ら?株価は下がり、安倍さんの支持率も下がり、大変な状態になる。たぶん安倍さんは政治家特有のカンで何となくそのへんに気づいていて、自分にとっていち ばんコアな支持層である右派を固めておこうという思いがあるのでしょう。それゆえの靖国参拝であり、憲法解釈の変更による集団的自衛権行使の容認などの右 派向けの政策である、と私は見ています

合理的に人間が物事を考えていると、そのぶん非合理な世界ができてきて、どこかで調整をつけないといけなくなる、というのがカバラ思想です。そのカバラの考え方の下に埋もれている部分を「深層心理」と名づけて説明したのが、フロイトやユング

人間が働く能力は本来、商品にされるものではなかったのに、それが商品にされてしまった。その労働力商品の価値、つまり資本家によって労働者に支払われる 賃金には三つの要素があります。一番目は、衣食住と娯楽の費用。モノを食べて、家を借りて、服を着て、気分転換にちょっとしたレジャーをしてエネルギーを 蓄え、次の一ヶ月も働けるようにする。二番目は次代の労働者の再生産をする費用。結婚し、子どもを持って、育てていく、家族を養っていく。これができない と労働者階級の再生産はできません。三番目は、技術革新についていくため、労働者自身が教育を必要とする、そのための学習費用。

いざという時のために、必ず毎回ミスプリントを末尾に入れていたんですね。もし完全に完壁な電文が来た時は、敵の手に落ちたという合図だと決めていた。シ リアはまさかそんな合図があるとは思わない。言われた通りのことを暗号をかけた電報にしているとしか思っていなかった。エリ・コーエンは逮捕された後もシ リアを欺いたわけです。

これが資本主義システムの特徴なのです。自分で必要なものを自分で作るのだったら、自分に毒になるもの、有害になるものは作らない。けれども、作っている のは他人にとって必要なものに過ぎず、自分の目的はカネを得ることなのだから、手抜きも生じるし、少しでも原価を抑えられるならば多少健康に有害なもので も平気で使ってしまう。どうせ他人が食べるものだから、偽装も平気でするわけです。

資本主義社会には三つの階級しかないとマルクスは言っています。労働者と資本家と地主です。

資本家と労働者がいるのなら、その二者で利益を分けたらいいじゃん?そうはうまくいかないんですよね。土地を持っているやつらに地代を払わなければいけない。マルクスはそう論じていきます

この「土地」というのは、広い意味での土地です。

環境は、つまり土地も水も空気も、資本によっても労働によっても作り出せない。だから環境を持っている者は、環境を資本主義的に使われることの対価として、資本家の剰余価値の一部を分与される仕組みになっているのです

会社がいくら儲かっても、それが労働者へ流れて行くということは原理的にない、というのが『資本論』の考え方です。

充分な医療を受けなくていい理屈が欲しいから、〈ガンと闘わなくてもいい〉みたいな本が売れるのです。カネは人間と人間の関係を捻じ曲げる力をも持っています

恐慌は好況期の直後に起きる、と宇野は言うのです。資本が、機械や原料などほかの生産手段と違って、労働力を任意に作り出すことができない以上、好況期には労働力不足が起きて、賃金は高くなる。
その結果、資本家がいくら生産をしても利潤が出なくなり、恐慌が起きる。資本は十分にあっても、社会システムがそれをうまく消化できなくなる。資本が過剰になってしまうからです。
恐慌が発生し、会社は倒産し、失業者はあふれる。その状況下で、個別資本は利潤拡大のために技術革新を行い、生産手段を更新する。そうして、徐々に景気は回復し、やがて好況になり、必然的かつ円環的に恐慌が来る

そんなことを思考の力によって読み解いていくのは、すごく疲れることです。そうすると、「信頼してしまう」のがいちばん楽なのです。複雑性を縮減することができるわけですね

週刊新潮は私の連載を載せていますから、連載している人は商品ですからね、叩かない。週刊文春には連載していませんけれども、いちおう文藝春秋からこのま え本を出したばかりで、やはり商品だから書かない。これも『資本論』から学んだことですが、自分の身をジャーナリズム、週刊誌から守るには何がいちばんい いかと言えば、自分が商品になることです。
資本主義は競争を過度に煽ってきます。そうすると人間はすり切れていってしまう。

われわれの制約条件をわからないといけない。
資本主義社会のシステムを知っておかないといけない。資本主義の論理と反することをやろうとしても、長続きはしません。ただ、否定はできないにしても、突き放して見ることはできる。
人間は限界がわかれば恐れは出てこないものです。

マルクスはここで、すごくシビアなことを言っています。いくら「僕は一生懸命やっています、会社のために一生懸命貢献しています」と主張しても、その人の持っている能力に専門性がない場合には、いくら人間としていい人であっても、代替可能な商品として扱われる。

資本主義システムに対応できるのは、個人でも国家でもない中間団体であると私は考える。具体的には、労働組合、宗教団体、非営利団体などの力がつくこと、 さらに読者が周囲の具体的人間関係を重視し、カネと離れた相互依存関係を形成すること(これも小さな中間団体である)で、資本主義のブラック化に歯止めを かけることができると思っている。

資本主義が行き詰まることはあります。それは恐慌という形で現れます。

鋳貨を生み出すことによって、国家は本来、外側にある存在なのに、経済プロセスへと関与してくるのです。
貨幣は国家なくしてあり得ないことが、『資本論』の論理からわかってきます。

『資本論』の分配論は、資本家間の利潤の分配、あるいは地主に地代を払うといった分配で、労働者は分配に関係がありません。つまり、資本がいくら稼いでも労働者には分配されません。労働者はどうやっても億万長者にはなれないようにできている。


編集の仕事って、例えば通訳なんかの仕事と一緒で、商品になりにくいわけです。あらゆるものを商品にする資本主義社会においても、商品になりにくい商品というのはあります。それは知的な付加価値をつけていくところです。

コメなんかを使うと嵩張るし時間がたつと劣化しますから、一般的等価物は最終的には金や銀などの貨幣になり、やがて紙幣になった、というのが『資本論』の考え方です。
人間をギューッと絞るのがいちばん利潤を得るのに確実な方法だというのが、マルクスの『資本ぎせい論」の論理であります。
持っているだけでお金が入ってくるのは資本の理想だと見えるけれども、この理想は実現しない。なぜならば、資本主義というシステムは運動するものなのだから。
もう一つ重要なのは、自分の周りで、直接的人間関係の領域、商品経済とは違う領域を、きちんと作ることです

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