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文明の衝突 7

世の中から戦争はなくならないのだろうか。

文明が違う以上、価値観が違い、衝突は避けられないという。

テロの予言とも言われた過去の話題書を読んでみました。


文明の衝突
文明の衝突サミュエル・P. ハンチントン 鈴木 主税

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人びとは祖先や宗教、言語、歴史、価値観、習慣、制度などに関連して自分たちを定義づける。たとえば、部族や人種グループ、宗教的な共同社会、国家、そし て最も広いレベルでは文明というように、文化的なグループと一体化するのだ。人びとは自分の利益を増すためだけでなく、ゑずからのアイデンティティを決定 するためにも政治を利用する。人は自分が誰と異なっているかを知ってはじめて、またしばしば自分が誰と敵対しているかを知ってはじめて、自分が何者である かを知るのである。


文明の異なる国家やグループのあいだで暴力闘争が起これば、それはエスカレートする可能性がある。
(2)同じ文明に属する他の国家やグループが力を合わせて「同類国」を支援するからである。

いかなる文化あるいは文明でも、中心的な要素は言語と宗教である。普遍的な文明があらわれつつあるとすると、普遍的な言語と普遍的な宗教が生まれる傾向があってしかるべきであろう。

変化の初期にはこのように西欧化が近代化をうながし、後期には近代化が脱西欧化を促進すると同時に、土着文化を二通りの方法で復活させる。社会のレベルで は、近代化によって社会全体の経済力、軍事力、政治力が増すと、その社会の人びとはそれに勇気づけられて自分たちの文化に自信を取り戻し、文化を主張する ようになる。個人のレベルでは、近代化によって伝統的な絆や社会での関係がこわれて疎外感や無規範な感情をもつようになり、アイデンティティの危機が生じ るが、それに答えるのが宗教である。

人間は、理性の承によって生きていくものではない。彼らは自己の利益を追求するうえで、計算し、合理的な行動をとる前に、まず自身を定義づけなければなら ない。利益追求の政治を実施するには、まず自己の存在を規定する必要がある。社会が急速に変化するとき、確立していたはずのアイデンティティは崩壊し、自 己を新たに定義しなおし、新しい自己像を構築しなければならなくなる。


人間は敵意を抱く存在なのだ。自己を規定し、動機づけするために、人は敵を必要とする。

最も重要な孤立国は、日本である。日本の独特な文化を共有する国はなく、他国に移民した日本人はその国で重要な意味をもつほど人口が多くないし、かといっ て移民先の国の文化に同化することもない(たとえば日系アメリカ人がそうだ)。日本の孤立の度がさらに高まるのは、日本文化は高度に排他的で、広く支持さ れる可能性のある宗教(キリスト教やイスラム教)やイデオロギー(自由主義や共産主義)をともなわないという事実からであり、そのような宗教やイデオロ ギーをもたないために、他の社会にそれを伝えてその社会の人びとと文化的な関係を築くことができないのである。

アラブ人とイスラム教徒の政治的な忠誠の構造は、おおむね現代の西欧のものとは正反対だ。西欧にとっては、国民国家が政治的忠誠の頂点にある。それより狭 い忠誠は国民国家への忠誠の下位にあり、それに組み込まれている。国民国家を超越するグループー言語や宗教のコミュニティ、つまり文明lへの忠誠や献身 は、もっと弱い。



紛争はまた、地理的な近さ、異なる宗教と文化、異なる社会構造、そして一弓の社会の歴史的記憶などから起こる。これらは何世紀かのあいだに変化して、またその元になる紛争は消えていくかもしれない。
あるいは、一つの集団が他の集団を絶滅させれば、残虐なかたちにもせよ紛争はあっさりとけりがつくかもしれない。だが、このどちらかが起こらなければ紛争はつづき、暴力の時代もたびたび再現される。フォルト・ライン戦争は断続的に起こる。

フォルト・ライン戦争は、第一次レベルの当事者の直接交渉だけで停止することはまずないし、利害関係のない第三者の調停で終わることもほとんどない。文 化の相違、激しい憎悪、たがいに相手に与えた暴力行為などのため、第一次レベルの当事者が向かいあって、なんらかのかたちの休戦に向かうような建設的な話 しあいをもつことは非常に難しい。

同じ文化をもつ国々や集団のあいだの紛争なら、ときには同じ文化をもつ利害関係のない第三者の調停によって解決できることもある。その第三者ならその文化が正当だと認め、その文化の価値観に根ざした解決法を探ってくれると、両当事者の信頼を得られるからだ。

しかし、異なる文明圏に属する集団のあいだの紛争では、利害関係のない第三者は存在しない。両側が信頼できると考える個人、機関、あるいは国家を見つける のは非常に難しい。調停者になりうると思われる者も、紛争当事者の文明圏か、どちらとも異なる文化と利害をもった第三の文明圏に属し、そのために紛争当事 者のどちらからも信頼が得られない。


フォルト・ライン戦争が終わる場合、利害関係のない個人、集団、機関などによらず、利害関係のある第二次、第三次レベルの当事者の調停によって終わる。彼 らは連携して自分たちの仲間を支援したり、交渉して相手との合意を成立させる能力があるだけでなく、自分たちの仲間を説得して、合意を受け入れさせること ができなければならない。
文明の歴史から学べる最も重要な教訓は、多くのことが起こりうるが、絶対に避けられないものはないということである。

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