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バブルの歴史  7

投資するなら押さえておかないといけないバブルの歴史。

有名なチューリップバブルから、日本のバブルまでいくつかのテーマを取り上げて掘り下げている一冊。

バブルの歴史
バブルの歴史エドワード チャンセラー Edward Chancellor

日経BP社 2000-04-07
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オランダ人が花に強い関心をもつのは、ひとつにはオランダの地形のためである。平地で土壌が肥えているので、花を育てるのに最適であり、土地が不足してい るので、庭は狭く、小さな花壇をいくつか作るしかない。花壇の中央には高価な花を植え、くすんだ田園風景のなかで明るい色彩が際立つようにする。さまざま な花のなかでとくに好まれたのが、チューリップだ。

チューリップは投機に適している。花の模様には、どうなるかわからない不確実性があり(当時は知られていなかったが、球根につくウイルスによる)、もしやの可能性に賭ける余地がある。ごく普通の球根を植えると、貴重な「無窮の皇帝」の花が咲く可能性があるのだ。

チューリップ熱が高まって、社会階層のほとんどを巻き込むまでになったが、市場に安定をもたらすはずの二つの層が、市場から姿を消していた。
第一 は裕福なアマチュア球根収集家であり、それまで長期にわたって、めずらしい品種の球根には巨額を支払ってきたが、価格が急騰するようになると、姿をみせな くなった。菫一はアムステルダムの大商人であり、商売で得た利益をタウンハウスや東インド会社株、為替手形に投資していた
危機の後、チューリップは熱狂の対象ではなくなり、逆に毛嫌いされるようになった。一九二九年の大暴落の後、株式が嫌悪されるようになったのと似た反動が起こったのだ

どの市場でも、一時のブームが終わった後に、もう一度ブームがおとずれることはない
チューリップ狂の動きも、後の数々の株式バブルの動きに似ている。チューリップ狂の発端になったのはめずらしい品種の価格上昇であり、これに刺激されて新たな参加者が市場に殺到するようになった。
株式市場のブームも通常、ある業種の株価の急騰が引き金になる。一八四○年代には鉄道株の急騰が、一九二○年代には自動車株の急騰が引き金になり、新規の参加者が投機に加わるようになった。

会社に箔をつけるために、有力者に株式が無料で配られた。
海会社の元財務役、アダム・アンダーソンが後に、南海会社をはじめとする新興企業の株式を買った人たちの多くは、長期的にみればこれら企業に見込みがない ことを知っていたが、「エクスチェンジ通りには人が押しかけてきているので、自分以上に信じやすい連中に売ればいい」と考えていたと述べている。
バブルの頂点かその近くに、経験豊富な投資家が市場から撤退をはじめるのは、どの時代の投機の熱狂にも共通する特徴である。
海の泡沫の悲劇から学ぶべき教訓をたったひとつ選ぶとすれば、それは、投機の落とし穴に落ちないよう政府が国民を守ることはできなかった点である

起業家が自社を宣伝しようとするとき、下院議員や貴族を「目玉」や「囮」の取締役にする方法がとくに一般的に使われた。一八二五年二月に「タイムズ」紙が発行したはじめての『取締役名鑑』には、三十人近い下院議員が登場している

イングランド銀行が信用を引き締めたことから、金融制度全体に将棋倒しのように影響が広がった。
とくに打撃を受けたのが地方銀行である。当時の地方銀行は、政府の規制を受けておらず、経営もしっかりしていなかった

イギリスは公式には一八一九年に金本位制に復帰していたが、地方銀行は一八三二年まで、正貨の裏付けのない紙幣の発行を許されていた。好景気に沸いていた時代、地方銀行は紙幣の発行額を倍増させ、株式投機家に融資し、長期の手形を割り引いて、資産インフレを刺激してきた。

貯蓄の所有者が、通常の投資対象の不足にぶつかって、一見もつともらしい話に飛びつく。そして、もっともらしい投資対象が高値で売却できると、つぎはもっ と買いたくなる。はじめは高利回りが魅力になるが、この魅力はすぐに二次的なものになる。利回りを生む投資対象を売却したときに得られる巨額の利益がつぎ の魅力になる。売却して利益が得られる間は、投機熱は続く。
植民地建設の動きは、本来、投機的な性格のものである。コロンブスは投機家だったし、北アメリカ大陸は史上最大の賞品であった。アメリカの初期の植民地は、いずれも株式会社が建設したものだ。

アメリカ人が投機を好むのは、かなりの部分、植民活動に起因している。将来は明るいし、ますます明るくなっていくとの見方が、アメリカの夢の背景になっている。
一八六一年に南北戦争がはじまり、投機の新時代が開かれた。当初、株式市場は内戦を懸念し、サムター要塞を南軍が襲撃して戦争がはじまると、主要銘柄は急 落した。一八六二年初め、議会が法定貨幣法を可決し、総額一億五千万ドルの紙幣(いわゆる「グリーンバック」)の発行を許可した後、市場の地合いが変わっ た。
腐敗した新聞が、相場師にとって便利な道具になった。悪名高い相場師のジェイ・グールドは後に何人もの新聞記者を配下にかかえ、相場の材料を耳打ちして儲けさせる見返りに、思いどおりの記事を書かせていた
「株価は一段と高い高原状態にしっかりと定着したようだ」と、イェール大学の著名な経済学者、アービング・フィッシャーが一九二九年秋に論じた。このご託 宣がくだされてから数週間たって、ダウ・ジョーンズエ業株三十種平均株価は三十パーセント以上暴落した。最悪の事態は、まだ先だった。一九三二年七月八 日、ダウエ業株平均株価の終値は四一・八八ドルになり、一九二九年につけた最高値から九十パーセント近く下落した。

フィッシャー教授はなぜ、ここまで間違った予想をしたのだろうか。それは、一九二○年代にとりわけ魅力的だった考え方、一九二○年代後半の大強気相場を支えた議論にとらわれていたからである。アメリカ経済が、無限の繁栄を約束された新時代に入ったと信じていたのである。

寄り付きから半時間の間に、十ドルほど下落した銘柄が多かった。いくつもの銘柄が「エア・ポケット」に突っ込み、買い注文がなくなった
暗黒の火曜日の翌日、USスチールをはじめ、いくつもの企業が増配を発表した。シアーズ・ローバックのサムエル・ローゼウォルドと、サムエル・インサルが 自社従業員のマージン取引口座を保証すると発表した。十一月十四日にゼネラル・モーターズが特別配当を発表すると、市場は歓迎し、ダウエ業株平均株価は百 九十八ドルの底値から反発に転じ、その後の数日で二十五パーセント近く上昇した。
楽観的な見方がすぐに復活した。相場が反発しはじめた日、バーナード・バルークはチャーチルに電報を打ち、金融危機は終わったと伝えた。
後に「鴨の相場上昇」と呼ばれるようになったこの反発は、一九三○年春に終わりになった。
相場は下落を続け、一九三二年夏にダウエ業株平均は四十一・八八ドルで最安値をつけた。

拝金主義を嫌う当時の風潮は、大恐慌の記憶のためであり、大恐慌は経済の失敗というにとどまらず、6「時代の考え方の基礎が破綻した」ものだとハイルブ ローナーは論じている。戦後世界では、一九二○年代とは違って、経営者が称賛されることはなくなり、尊敬されることもなくなった。

投機の熱狂は、傲慢の表れであることが多い。このため、大投機熱は、ひとつの国から別の国に、経済の覇権が移行するときに起こることが多い。
一九八○年代後半、日本の株式相場が上昇するのにあわせて、日本企業では投機による利益が膨らんでいった。この結果、金融市場で危険な循環が生まれた。財テクによって企業利益が増加し、株価が上昇し、その結果、財テク利益がさらに増加するという循環である。

リクルート・コスモス事件は戦後最大の政治スキャンダルであり、金権政治がバブル経済のひとつの側面になっていることを示した。株価の上昇は当初、日本が 自国の経済力に自信をもつようになった点を背景としていた。自信の回復を政治家がうまく利用して、ナショナリズムの高揚へと導いた。
日本人は一般に賭博を嫌う傾向があり、賭博は堅気の人間が手を出すものではないとされてきたが、ふたつの国民性から、株式市場の魅力にひかれやすくなって もいる。第一に、仕事であれ遊びであれ、何らかの活動にたずさわるとき、群れで動く傾向がある。この性格は、稲作を中心とする農業で共同作業が重要なた め、集団帰属意識が強いからだといわれている。
第二に、日本人の心理はとくに変動しやすく、陶酔から絶望に、その逆に、突然振れることが多い。このような国民性の弱点を、証券会社はたくみに利用し、株 式市場の「テーマ」をつぎつぎに示して、投機の焦点を作りだした。投機家の群れは、魅力的にみえるテーマを証券会社に示されると、それを盲目的に追求し た。
株価がおどろくほど上昇したなかでも、ごく普通の個人投資家はほとんど利益をだせなかった。部外かも者であり、証券会社やその優先顧客の鴨にされていた。
バブルの時期に確実に儲けようと思えば、インサイダーになるしか方法はなかった。銀行家や官僚や政治家や資産家や、はてはヤクザにいたるまで、優先顧客には、つぎはどの銘柄を手掛けるのか、あらかじめ証券会社が知らせている。
日本株は突如として崩落したわけではない。一九二九年と八七年の二回にわたる十月の大暴落のような状況にはならなかった。



おそらくバブル経済が示した教訓のなかで、なににもまして重要な点は、市場リスクを政府が負ってくれるので安心だと投資家が信じるようになったときに、いかに危険な状態になるかだろう

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